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画集「God is paper」

建築家であり、作家であり、
踊り手であり、歌い手であり、
友だちでもある「坂口恭平」の画家としての展覧会が
今あちこちの場所で開かれています。

死なないでいるため、
文章を書き、踊り、歌い、絵を描き続ける。
身体の底からこみあげてくる何かに突き動かされて。
それが彼の生き抜くための唯一の手段。
そして本が何冊も生まれ、
描かれた画用紙は山となり、
展覧会が企画され、画集作りに結びついた。

私は先日熊本市の橙書店の会場で10数枚の絵を見ました。
さまざまなタイプの絵がありました。
恭平くんを知っているからすべてが胸に響いてくる。
どれか1枚欲しくなりましたが
あれもいい、これも好き、で決められない。
で、画集を手にしました。

この分厚い一冊に
たくさんの恭平の叫びが織り込まれている。
見飽きません。

God is paper


楽しげ
お話が見えたり

自画像
自画像?

心の中あり
心の奥も見えるかも

絵の具の晩餐会あり
絵の具をそのまま


そして6月最後の夜、
本人の思いつきによる画集刊行記念「坂口恭平音楽会」が
橙書店で行われました。
恭平くんの歌を聴くのは久しぶりなので
私も出かけてみましたよ。

弾き語り


途中から奥さんのふーちゃんも参加。
彼女の透き通った声に恭平の小さなスイングが重なると
クッと胸がつまって・・・しまったおばちゃんでした。

夫唱婦随



楽しげ

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まばたき5回の桃源郷

「九州の食卓」今月号の取材で大分に向かったのは5月初めでした。
担当編集女史の運転する、
廃車となる日もそう遠くはないようなボロボロ車で
阿蘇久住の山並みを越えました。
エンジンが途中で止まったら(これがよくある)怖いので高速道路は避け、
下の道路をひたすら走ったのです。
地震の影響で通行止めの区域もまだあって、
迂回ルートを辿りながらの熊本市内から大分市内まで、
所要時間3時間半のハードな旅でした。

でもそのおかげで素敵な光景に出会えたのです。
それは国道442号線を走っているときのこと。
国道たって山道というほうがぴったりの、
対向車とすれ違うのも冷や汗ものの細い道路で、
上って下って、右に左に、
片時も平坦なところなんてないし、
どんどん道幅は細まっていく感があり、
「この道で大丈夫かいな?」と不安になりかけたあたりで、
どこからともなくせせらぎの涼しげな音が聞こえてきました。
それから風に乗っていい匂いもしてきて、
ぽつぽつとある家の庭先にはきれいな花が咲き乱れている・・・。
え?ここ、どこ?
あれ?とか、えっ?とか、
きょろきょろしているうちに車は進み、
すぐにあたりは平凡な山景色に変わってしまった。
その間“まばたき5回くらい”でしたかね。

あの一角は何だったのか。
気になったので翌日の戻りのとき立ち寄ることにしました。
確か大分に入る1時間くらい前のところだったよね、と
元来た道を豊後大野、竹田市方面へ辿ります。
野津原、河津原、下山、石合、温見・・・
そして現れた“あの一角”。
やっぱりあった“桃源郷”。
車を止めて散策しました。
そこは公園でも休憩所でもないのでした。
一軒のお宅がせせらぎを跨いで作ったお庭らしいのです。

“あの一角”は静かな山村風景から始まります。
山の中の静かな農村


温見を過ぎたあたりから442号線に沿って小さな清流が登場する。
せせらぎが聴こえてきた


現れる家々の垣根には花が咲き乱れています。
白いのは白藤、黄色いのは木香薔薇。
きれいな生け垣


名前のわからない花々があたり一面に咲いていました。
小さな花も咲いている


見事な白藤の垣根の家にはたぶん妖しい美女が住んでいるのでしょう。
白藤だった


そのお宅の裏山は花盛りでした。手前には池と水車が配置されています。
山は花盛り


清流の上を渡した白藤のトンネルの先には東屋まである。
さすがにそこまで分け入る勇気はなくてトンネルの途中まで。
白藤美女になっているのは長距離運転にヘコタレ気味の編集女史です。
スナップを取っていると辺り一帯に漂う芳香、
頭がくらくらしてきましたね。
藤棚まである



公園でもなく休憩所でもなく、
すべてはこのお宅の庭仕事でした。
行き交う人の目を楽しませようと、
喜んでもらおうと、
たぶんそういうお気持ちで丹精込められたのだと思います。
はい、じゅうぶん楽しませていただきました。
機会があればまたこの時期伺いたいと思います。
このお宅の方の手造り


この区域は県の自然公園になっているようでした。
立て看板が


清流に送られて一路熊本へ。
国道442号線とはこの先の朝地町でお別れします。
清流ながれる



熊本に帰り、
ブログにこのことを書こうかとしているうちに、
豊後大野の朝地町、綿田地区のだんだん畑一帯で
大規模な地割れが発生してしまいました。
ひと月経った今でも地割れは進行中で、
避難所生活の方々もまだ多くおられるとか。
そういうとき、こんな呑気な記事を書いていいものかと
迷ってどんどん日が経ちましたが、
あのお宅へまばたき5回の桃源郷を
プレゼントいただいたお礼を述べたくあえて記すことにしました。
偶然この記事をご覧のみなさま、
もし来年の4月後半から5月半ば、
国道442号線を通過されることがありましたら
温見あたりの桃源郷をぜひご堪能下さいますよう。

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わたしはクロロ、悲しき宿命

| 未分類 | 04:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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わたしはクロロ、悲しき運命


わたし、クロロです。
ヨシモト家の庭に住むマミ一家の娘のひとりです。

わたし、クロロです


これからつらい時期を迎えます。

これからつらい時期を迎えます



家族でわたしだけ長毛なんです。
うしろの母はご覧のように
ふわふわしていても短毛です。

わたしだけ長毛なんです






上から見るとこんなで。

上から見るとこんなで



暖かくなり、毛が生え替わりだすと、
長い上細くてクセっ毛なのでどうしても絡まってしまう。
そしてコチコチに、フェルトのように固まってしまう。

今毛がからまって






気持ち悪いし痒いので、
がまんできずに上から少しづつ剥がしてって、
 去年の5月の終わりはこんなでした。

去年の5月はこんなでした






横から見たらこんなで・・・

横から見たらこんな





うしろからは・・・

後ろからはこうで






すごいでしょ・・・涙。

すごいでしょ






ヨシモトさんがこの固まりを切ろうと
鋏を持って近づいてくるので逃げ回っています。
 で、少しづつ自分で舐めて剥がしているんです。

自分ではがします







剥がしてしばらくは痛いのです・・・涙。

痛いのです






でも、後ろから見るとここまでスリムになりました。

すっかりスリムに



上から見たらウナギっぽいけど。

うなぎ猫







おかあさ〜ん、わたし 変?

おかあさんと

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開花宣言の熊本城で。

4月1日、熊本市にも開花宣言がなされました。
去年より10日も遅れ、1962年4月2日に次いで
熊本市観測史上2番目の遅さということで、
しみじみ感じていましたが今年は春先が実に寒かったですね−。
どうせちょっぴりだろうとは思いましたが、
週末の4月1日と2日、
去年の地震以来入場禁止となっている城内の
桜の名所御幸坂には入れると聞いて行ってみました。
まだまだの桜の向こうに
「一本石垣」で有名になった飯田丸五階櫓が見えます。

飯田丸五階櫓一本石垣



「おっ!あれか、1本の石組で耐えているのは」とおっしゃったのは
大橋歩さんのご主人の石井厚生さん。
a. の展示会でいらした歩さんとご一緒に初来熊されたので、
地震の爪痕まだ残る街の案内役を引き受けました。
石の彫刻家である厚生さんに石垣崩壊の衝撃は
素人が感じる以上に大きいものがあるようでした。

「一本櫓もすごいけれど、それを支える架台もすごい」。
「ああいうことを考えて作るんだから日本の技術者はすごい」。

など言い合いながらうっすらと色づいた桜並木の御幸坂を上ります。

桜はまだまだ


美しかった備前堀に昔の面影はなく、
水鳥もいない淀んだ水面を嘆きながら坂を上ったところで
もう先には行けません。その先進入禁止でした。
奉行丸を囲む塀のすさまじい壊れ方に
たくさんの人がカメラを向けていました。
もうすぐ1年経つというのにここは崩壊後手付かずのままです。

手つかずの塀



左に折れて未申櫓をすぎると右手に空堀が現れ、
それは緑につつまれてまるで草原のようにも見え、
そこに白いものが並んでいるから
羊であってもおかしくないな、という感じで、
崩れた石垣の石たちが置いてあります。

P1090849.jpg



すべてに番号を振って、
元通りの形に組み直すのです。
羊のように並んでいるのは作業のほんの手始めの石たち。
気の遠くなるような復旧作業です。


天守閣、小天守、宇土櫓の三つ揃え光景を見ようと
二の丸広場に出ると
桜の開花と週末と御幸坂の解禁のせいか、
写真撮る人、ピクニックする人、スケッチ大会に参加する人、と
たいへんな人出で圧倒されました。
みんな、お城に来られて嬉しいんですね。
そういう中、
長い空堀沿いを1匹の猫が悠々と左から右へ歩いていました。

猫が通る



天守閣、小天守、宇土櫓の三つ揃いを見ていて
奇妙な感覚になりました。
瓦の落ちた天守閣の屋根の痛々しさだけでなく、
何か、どこか、今までと違うぞ、と。
そして気づいた、塀がないことに!
表通りの日本一長い「長塀」の崩落は知っていましたが、
二の丸から見る長い塀のほうは知らなかったのです。
塀がなくなると三つ並んだ建物のバランスがどうも奇妙で。
あの長い黒白の塀に縁取られて
三つの建物は絶妙のバランスを保っていたのだとよくわかりました。

塀がなかった


加藤神社で疲れた足をやすませて、
膝が笑うと評判の角度で下る棒庵坂を降りながら
右手に延々と続く崩れた石垣を眺めました。
地震の前は一寸たりとも、
この頑丈で美しい石垣が崩れるなどと思いもしなかったわけで。
世の中、想定外というか、信じられないことばかりですね。
最後に不開門(あかずのもん)前の
まだ三部咲きにもおぼつかない桜をパチリ。
不開門前の注意書きが皮肉です。

門は閉まっていた



不開門だから



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