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わたしはクロロ、悲しき宿命

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わたしはクロロ、悲しき運命


わたし、クロロです。
ヨシモト家の庭に住むマミ一家の娘のひとりです。

わたし、クロロです


これからつらい時期を迎えます。

これからつらい時期を迎えます



家族でわたしだけ長毛なんです。
うしろの母はご覧のように
ふわふわしていても短毛です。

わたしだけ長毛なんです






上から見るとこんなで。

上から見るとこんなで



暖かくなり、毛が生え替わりだすと、
長い上細くてクセっ毛なのでどうしても絡まってしまう。
そしてコチコチに、フェルトのように固まってしまう。

今毛がからまって






気持ち悪いし痒いので、
がまんできずに上から少しづつ剥がしてって、
 去年の5月の終わりはこんなでした。

去年の5月はこんなでした






横から見たらこんなで・・・

横から見たらこんな





うしろからは・・・

後ろからはこうで






すごいでしょ・・・涙。

すごいでしょ






ヨシモトさんがこの固まりを切ろうと
鋏を持って近づいてくるので逃げ回っています。
 で、少しづつ自分で舐めて剥がしているんです。

自分ではがします







剥がしてしばらくは痛いのです・・・涙。

痛いのです






でも、後ろから見るとここまでスリムになりました。

すっかりスリムに



上から見たらウナギっぽいけど。

うなぎ猫







おかあさ〜ん、わたし 変?

おかあさんと

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開花宣言の熊本城で。

4月1日、熊本市にも開花宣言がなされました。
去年より10日も遅れ、1962年4月2日に次いで
熊本市観測史上2番目の遅さということで、
しみじみ感じていましたが今年は春先が実に寒かったですね−。
どうせちょっぴりだろうとは思いましたが、
週末の4月1日と2日、
去年の地震以来入場禁止となっている城内の
桜の名所御幸坂には入れると聞いて行ってみました。
まだまだの桜の向こうに
「一本石垣」で有名になった飯田丸五階櫓が見えます。

飯田丸五階櫓一本石垣



「おっ!あれか、1本の石組で耐えているのは」とおっしゃったのは
大橋歩さんのご主人の石井厚生さん。
a. の展示会でいらした歩さんとご一緒に初来熊されたので、
地震の爪痕まだ残る街の案内役を引き受けました。
石の彫刻家である厚生さんに石垣崩壊の衝撃は
素人が感じる以上に大きいものがあるようでした。

「一本櫓もすごいけれど、それを支える架台もすごい」。
「ああいうことを考えて作るんだから日本の技術者はすごい」。

など言い合いながらうっすらと色づいた桜並木の御幸坂を上ります。

桜はまだまだ


美しかった備前堀に昔の面影はなく、
水鳥もいない淀んだ水面を嘆きながら坂を上ったところで
もう先には行けません。その先進入禁止でした。
奉行丸を囲む塀のすさまじい壊れ方に
たくさんの人がカメラを向けていました。
もうすぐ1年経つというのにここは崩壊後手付かずのままです。

手つかずの塀



左に折れて未申櫓をすぎると右手に空堀が現れ、
それは緑につつまれてまるで草原のようにも見え、
そこに白いものが並んでいるから
羊であってもおかしくないな、という感じで、
崩れた石垣の石たちが置いてあります。

P1090849.jpg



すべてに番号を振って、
元通りの形に組み直すのです。
羊のように並んでいるのは作業のほんの手始めの石たち。
気の遠くなるような復旧作業です。


天守閣、小天守、宇土櫓の三つ揃え光景を見ようと
二の丸広場に出ると
桜の開花と週末と御幸坂の解禁のせいか、
写真撮る人、ピクニックする人、スケッチ大会に参加する人、と
たいへんな人出で圧倒されました。
みんな、お城に来られて嬉しいんですね。
そういう中、
長い空堀沿いを1匹の猫が悠々と左から右へ歩いていました。

猫が通る



天守閣、小天守、宇土櫓の三つ揃いを見ていて
奇妙な感覚になりました。
瓦の落ちた天守閣の屋根の痛々しさだけでなく、
何か、どこか、今までと違うぞ、と。
そして気づいた、塀がないことに!
表通りの日本一長い「長塀」の崩落は知っていましたが、
二の丸から見る長い塀のほうは知らなかったのです。
塀がなくなると三つ並んだ建物のバランスがどうも奇妙で。
あの長い黒白の塀に縁取られて
三つの建物は絶妙のバランスを保っていたのだとよくわかりました。

塀がなかった


加藤神社で疲れた足をやすませて、
膝が笑うと評判の角度で下る棒庵坂を降りながら
右手に延々と続く崩れた石垣を眺めました。
地震の前は一寸たりとも、
この頑丈で美しい石垣が崩れるなどと思いもしなかったわけで。
世の中、想定外というか、信じられないことばかりですね。
最後に不開門(あかずのもん)前の
まだ三部咲きにもおぼつかない桜をパチリ。
不開門前の注意書きが皮肉です。

門は閉まっていた



不開門だから



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熊本市動植物園が部分開園しました!

地震で大きな被害を受け
やむなく休園を続けていた熊本市動植物園が、
2月25日土曜日、
比較的被害の少なかったエリアのみですが
およそ10ヶ月ぶりに開園されました。
さっそく行ってきましたよ。

今回再開されるのは園の南側、
小動物のふれあい広場や植物園の広がるゾーンで、
その東のはずれに位置するゾウ舎、キリン舎も含まれます。
多少の被害はあるにしてもゾウもキリンも元気とか。
やっと会えるね、と、はやる気持ちで動植物園の入口に立ちました。

でも、ほら。
いつもは子供たちが走り回って賑やかな正門前も
園内復旧工事のため今は閉ざされ“ひっそりかん”。

閉鎖中の正門



この部分開園は当面、
毎週土・日曜日と祝日に行われ、無料で入れます。
入園時間は午前9時から午後5時(入園は4時半)まで。
西門の復旧工事が終わる6月(あくまでも予定)までは
江津湖に面した南門と
画図橋そばの臨時門の2カ所からの入園となります。

それで園の東側の道を、
ちょうど園を迂回するような形で
江津湖に向かって進みました。
こういうルートで入園するのは初めてなのでわくわくします。
園をつつむ木立の向こうから
動物たちの鳴き声が聞こえ、獣の匂いが漂ってくるのを、
お酒の摘みのように愉しみながら歩きました。

脇の道から


すると、あ、キリン舎が見えるじゃないですか!
閉園中でもここに来ればキリンに会えたんですね。

キリン舎が見えた


春近い江津湖が現れました。
たくさんの水鳥がいてバード・ウォッチングの人も多かった。

春近い江津湖


南門入口のポスターです。

部分開園初日



ゾウのガイドが始まるところに間に合いました。
飼育員の北川さんがアフリカゾウの解説をしてくれます。
地震で運動場は約10センチ沈下して、壁にもヒビが入っています。

ゾウの竹割り


「ここにいる牙が長くて尻尾に毛のないがマリーで、
 牙が短く尻尾の先に毛がふさふさあるのがエリで、
 どちらも雌です」と北川さん。
2頭はお尻を見せるだけ。

エリとマリー



 野菜や果物が大好きですが、すぐに食べてしまうし、
 果物ばかりだと糖分が多すぎるので、干し草や竹も与えます。
 孟宗竹は好きなようで、たくさん食べますよ。
 ほとんどウンチになるんですけど、
 竹のいいところはそういう整腸作用もですが、
 食べるのに時間が掛かることです。
 いろいろ工夫していつまでも食べています」

太くて長い孟宗竹をバリバリと踏みつけたエリ、
短い牙をテコにしてバリンと折り曲げて、
鼻で巻いて口に運んで、お見事です。
煙を立てて割れた竹の青くさい匂いがモートを越えて漂ってきます。
ああ、動物園にいるんだなあ・・・という実感にひしひし浸れて幸福でした。

バリバリと竹割り

エリ、今度は鼻先利用して竹を細く裂いていく。
竹が鼻に刺さるとか切るとか、怪我しないのかな、と心配になりましたが、
そういえば一度ゾウの鼻に触ったことがあるのでした。
その皮膚の固さとそれを覆って生えている短く硬い毛には驚きました。
それを思い出して安心しました。 

鼻で上手に



「アフリカゾウはアジアゾウ共々生息数が激減して絶滅危惧種になっています。
 野生はもちろん世界の動物園の飼育下でも減り続けて、
 日本でも全国に30頭しかいません。
 九州でアフリカゾウを2頭見られるのはここだけになってしまいました」
と北川さんが教えて下さる。
思わず「繁殖の計画はないのですか?」と訊ねてしまいました。
計画はあるがゾウの繁殖は難しくて、
現在は人工受精の可能性を探っている段階というお答えでした。
うまく事が運ぶことを祈っています。

その先のキリン舎に行くと、
カシの葉の食事が終わったあとらしく柵には枝だけが残っていた。
ここには誕生日が私と同じ9歳のマサイキリン、リキ(雄)、
やはり9歳の小春(雌)、
2頭の子供で地震のあとに生まれた秋平(雄)、
そのひと月後に国内最高齢の22歳で死んだランとリキとの子供、
冬真(雄・1歳)の4頭が飼育されています。
マサイキリンも現在国内には11頭しかいない。
いっぺんに4頭見られるなんてここだけですね。

キリン4頭


これが去年の9月8日に生まれた秋平。
4月の地震のときは母親小春のお腹の中で、
飼育員の人たちは気を揉みましたが、
ポンと生まれたような気のする安産だったそうです。
生まれて1週間目のかわいい姿が新聞に載りました。
見に行きたくてジリジリしたことを覚えています。

秋平


これが母親の小春です。色が白く美形です。

小春


父親リキと息子の秋平。
生まれたときは170センチほどだった秋平も早3メートルの大男に。
それでもリキと並ぶとまだまだ小さい坊や。

父と息子


冬真と秋平の仲良し異母兄弟。いつも一緒。

冬真と秋平


けれど雄同士の縄張り争いを避けるため、
冬真は年内に他の動物園へ移るそうです。
仲のいいツーショットも、
4頭そろい踏みの光景も、
部分開園中の今だけと聞きました。
また来なくては!

ゾウ舎、キリン舎に別れを告げて、
久しぶりだからと植物ゾーンをぶらぶらすると、
肥後百花苑のエリアで
やっと梅の花がほころび始めていました。

梅も咲いていました


10月には正門が復旧予定だそうです。
するとペンギンやシフゾウなどが見られます。
すべての動物を公開できる全面再開は来年4月を予定とのことで、
早くそうなるようにと、
帰りの南門で受け付けている「復興応援サポーター」に登録して
わずかですが支援金をお渡ししました。
何しろ園の受けた被害の総額たるや9億円近いのです。
これまでは日本動物園水族館協会を通しての支援金で、
もちろんそれも動物たちの餌代に使われたのだから不満はないのですが、
何としても直にお渡ししたいと思っていたので、
このサポーター制度は願ってもないことでした。
5千円以上寄付した個人と、2万円以上の団体には、
公開休止エリアの見学会や
バックヤードツアーなどの特典が用意されているのも嬉しいことです。

4月には市の「動植物園復興委員会」に参加させてもらって
雑誌クレアの「するめ基金」の一部をお渡しする予定です。
クレア読者の皆さんからいただいた貴重なお金がムダにならないよう
使い道を直接動植物園にお願いできるのを嬉しく思います。

春の訪れとともに、
長いこと眠っていた動物園に行く楽しみが
じわじわと蘇ってきた週末でした。





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大西市長に会えました!

2ヶ月前からなぜかブログ更新不可になり(管理ページにログインできない)、
その復旧作業を足りない頭で探っていくうちどんどん傷口を深めてしまい、
自分にブログは難しすぎる、もうやめよう、と、ほとんどあきらめて、
最後の最後、念のため、知人にSOSを出してみたところ、
何とかログイン、
やっとのことブログ再開の運びになりました。

それで取り急ぎ、
CREA〈するめ基金〉にご寄付いただいた方々に
先月12月15日、熊本市長の大西一史さんにお会いできたことを
ご報告したいと思います。

〈するめ基金〉とは、このブログの前回にも書いていますが、雑誌CREAを通して行っている
「平成28年熊本地震」被災地への支援金募集活動です。集まった貴重なお金を有意義に
使うため、「東京するめクラブ」村上春樹・都築響一・吉本由美の3名およびCREA編集部を
中心に“するめを噛むみたいにじっくりたゆまず進めていく支援法”を探っています。
 
大西市長にはだいぶ前からお会いできたらと思っていたのです。
集まった支援金の使い道のご相談をしたかったから。

〈するめ基金〉にご協力いただいた皆さまの
その貴重なお金を無駄にしないよう、
私たちするめ側は、
できるだけ公的援助からはずれてしまったところに使いたい
と考えてきました。
大まかに言うと、
春樹さんは「夏目漱石旧居の修復」、
私ヨシモトは「熊本市動植物園」の復旧復興および被災動物支援団体の援助、
(都築響一氏の支援対象はまだ未定)
を考えているのですが、
でもその受付窓口がわからずに困っていたのです。

それで大西市長に目を付けました。
というのも、実は昨年の夏、
「ピーター・バラカン出前DJ」のライブ会場でお見かけして、
この人なら話が通じると感じたからです。
動物園も漱石旧居も市の管轄ですからね。
大西さんはドラムを叩かれるらしく
ピーターさんともお知り合いのようでした。
私の後ろの席に座っていらしたのですが、
ごくごく気楽に話しかけられそうな雰囲気でした。
でも、しかし、
プライベートな時間に支援金話はさすがに無粋すぎると我慢しました。

それが、思いもしない方向から後押しが入ったのです。
10月、長年の友である“手相観”の日笠雅水さんから
「29日熊本城でハマちゃんのライブがあって
 そこに大西市長も出るから行ってみて」というメールが来たのです。
詳しく書くと、
熊本を励まそうとハマちゃん(ミュージシャンの浜崎貴司さん)が
長らくやってきた弾き語りイベント・GACHI(ガチ)を10月29日熊本城二の丸広場で
無料ライブ開催するのだけど、そこに大西市長がドラマーとして特別出演する。
だからユミちゃん見に行って、楽屋までハマちゃんに会いに行って、
そこで大西さんを紹介して貰えばいいと思う。
大西さんには私からユミちゃん行くって連絡しとく・・・ということでした。

日笠雅水さんは“手相観”の前はYMOのマネージャーをしていて
ミュージシャンの友だちが多く、ハマちゃんこと浜崎貴司さんもその一人。
で、今回、ハマちゃん経由で大西市長とツイート仲間になったらしい。

ハマちゃんは私がバーテンダー修業をしていた恵比寿のバー「モーヴ」に
ときどきフラッと飲みに来ていたお客さんでもあり、
大好きな曲♪ウィスキーはお好きでしょ♪♪♪の作り手でもあるし、
大西さんを紹介して貰えるなら一石二鳥、
これは行かねばならぬ、行かねばならぬ〜、と
きらきらと透き通った秋の陽差しが眩しい土曜日の午後、
熊本城二の丸広場まで行きました。
もちろんステージは
ハマちゃんと、齋藤和義、吉井和哉、トータス松本、藤原さくら
という面々の弾き語り合戦でノリノリです。
最後に大西市長がドラマーとして登場して
これ以上はないくらいに盛りあがり、素晴らしいひとときとなりましたが、
何しろすごい人の数でぼやっとしたおばさんは楽屋には行き着けず、
結局この日も大西さんとはお会いできずとなったのでした。

しかし、ま〜こ(日笠雅水)の尽力で
後日連絡取り合うことができ、
めでたく12月15日、市役所まで伺って会えました。
そしてやはり話の通じる市長さん、と思う。
あるいは話の早い市長さん、とも。
そもそも大西さん、
若いときは東京でミュージシャンになろうかと考えたこともあったそうで、
もとからの役所畑の人ではないから普通の言葉で喋れるのですね。
動物園の支援申し出、喜んでくれました。
そして、ただお金を出せばすぐにどうなるということではないから、
ここはじっくりと長い目で見ていきたい・・・とおっしゃいました。
御意! もちろんです。
互いの思いは近いようで、合意は簡単に結べました。
まず「動植物園復興委員会」みたいなものを立ち上げて、
復旧するだけでなくこの先の動物園のあり方まで含めた復興を考える。
その委員会のメンバーに
「ヨシモトさんも加わってアイデアを出してもらえれば」とおっしゃるので
「ぜひぜひぜひー!」と手を挙げました。
動物園の動物たちの役に立てるなんて願ってもないことですから。
人の役には立てないのでせめて動物の役にくらいは立ちたいのです。

動植物園は、取り敢えず2月から、
ゾウやキリン、ヒツジやモルモットなどの
比較的被害の少なかったエリアを一部再開するそうですよ。

次に夏目漱石旧居の修復を支援したいがどうすればいいか。
第三旧居と第五旧居は熊本市の所有ですが、
窓口が「熊本市文化財保存修復基金」で、
そこに寄付しても他に回る可能性もあり、
漱石邸に使うという約束は難しいとのこと。
特に、春樹さんが支援したがっている第六旧居は個人所有で
市は手が出せないという話でした。
かといって
個人宅に直接お金を渡すということは避けたいので、
動植物園のように「漱石旧居復旧委員会」を作るというのも
一つの手段かもしれません。
焦らずじっくり長いスパンでやっていくしかないですね。
大西市長も「長い目でご支援いただければと思ってます!」
とおっしゃっていました。

以上、目からウロコの解決法が見つかったわけじゃないですが、
大西市長とお会いして繋がりができたことは、
これからのことを考えていく上で
心強い羅針盤となったと思います。

大西市長と



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