>> EDIT

ノラ貓一家物語・突然参上の巻き

現在庭にノラ猫一家が住み込んでいます。
母猫1匹に仔猫4匹の総勢5匹。
初め仔猫は5匹でしたが、
人なつっこい1匹だけもらっていただけました。
それにしても
庭にテラスに猫が5匹もいるというのは、
岩合さんの素敵なヨーロッパ映像ならいざ知らず、
日本のありふれた住宅の光景としてはある種異様に映ります。
写真は6匹揃っていたころです。

一家の写真


猫好きだけれど猫が飼えない状況の知人はこれを見て
「まるで夢の中みたいじゃないですかー♡♡♡」とうっとりする。
確かにみんなでじゃれ合ったり、走り回ったり、
などしている様子を見ると幸福感につい頬が緩みもしますが、
世話する身としては
その喜びを上回る“激務”を忘れることはできません。

ノラ猫との付き合いは、
ときたま可愛がったり写真撮ったりの
“行きずりの仲”あたりまでなら楽しいけれど、
それから一線越えてしまうと
精神的にも体力的にもきついものです。
私の場合
それでも止められずに
長い人生の中ノラとの付き合いは続いたのですが、
12年前、
ミケヤマという雌猫の世話で立ち上がれないほどに疲れ、
さすがにもうこれで
ノラと関わるのは終わりにしようと決めたのでした。
で、それ以来
できる限りノラとの接触を避ける方向に努めてきたのですが、
つい、
気が緩んでしまったようです。

ことの始まりは半年前の7月8日の明け方でした。
なぜ日付をくっきりと覚えているかというと、
7月8日の日付に変わった深夜、
「今日はミケヤマの命日だなあ」と思いながら寝入ったからです。
それからどのくらいの時間が経ったのか判りませんが、
家の外のどこからか、
それこそ微かに、
聞こえるか聞こえないほどの、
猫のことばかり考えている人間の耳しか感知できないほどの、
か細〜〜い声が枕もとまで届いてきて、
目が醒めたのでした。
寝床の中でしい〜んと耳を澄ませましたら、
庭のほうから、
空耳かも・・・と疑るほどの小ささで、
仔猫らしき鳴き声がとぎれとぎれに聞こえてくる。
ざわざわと泡立つ思いに包まれました。
どうしたんだろ、
仔猫がどうしてウチの庭にいるんだろ、
迷い子かしら、
母親を捜しているのか、などと
どうしようもなく気になってくる。
でも
夜中だし、
もう寝ているし、
明日は早い。
泡立つ思いと言い訳を繰り返しているうちに
声は聞こえなくなりました。

しかしそれで一件落着とはいかなかった。
翌朝、庭をちろちろと
茶白の仔猫が横切っていくのが目に入る!
不安的中、ザザーッと目の前に暗い雨。
どこからやって来たのか、
昨日まで見たこともない仔猫です。
どこかの飼い猫ならいいけれど、
ノラだとしたら、
それがウチの庭に来たのだとしたら、
ほんとにほんとに困ってしまう。
ノラとの付き合いは止める覚悟でいる他に、
ウチにはすでに3匹猫がいて、
自分はというともう65歳で末席とはいえ高齢者。
これ以上猫様の面倒を見る気力体力財力などなくて、
お願いだから
ただ単に庭を横切っただけということにしてくれろ・・・と、
そういうことを祈りながら
庭をちらちら盗み見していたのですが、
でもその日はそれだけで終わりました。
どこに消えたのか以後姿なし。
夜も鳴き声は聞こえてこない。
どうしたのか気にはなりましたが、
ほっ、としました。

1匹現る


でもそれもつかの間のこと。
翌日の朝、
新聞読みながら朝食を摂っていると、
茶白の仔猫が今度は2匹(!)お行儀良くテラスに並んで、
ガラス戸越しにこっちをじ〜っと見つめていたのです。
ギョギョギョッと
(今は「じぇじぇじぇー」と言うのかもしれませんが)
なりました。
消えたどころか2匹に増えている!
間近で見ると生後2ヶ月くらいで、
よく似ているので兄弟でしょう。
まだ赤ちゃんの平べったい目で一生懸命こっちを見つめている。
どうやら私が食べているものに興味津々の様子。
ってことは、それはお腹が空いているってことで、
つまりやっぱりノラ猫か、ってことで、
これは困ったことになってきたぞ〜、と
朝刊を読むどころの話ではなくなりました。

それからは
餌やりするかしないかの葛藤に明け暮れる二日間でした。
ドライな自分とウェットな自分の戦いです。
とりあえず庭は見ないようにして、
他所に行ってくれることだけを祈りながら過ごすドライな自分。
鳴き声も聞こえないので、
居るのか居ないのか定かではありませんでしたが、
けれど食事のたびに
先日のガラス戸向こうの2匹の顔が浮かび上がり、
プレッシャーとなり、
居ても立っても居られなくなるウェットな自分。
人間の食事のときも、
家猫3匹の餌やりのときも、
外に居て飢えているかもしれない2匹に悟られないよう、
こっそりと音を立てないように済ませるのです。
こそこそとそういうことをやるにつけ
良心の呵責がずんずん重くなる。
何かとても暮らしが息苦しくなってしまった。

で、4日目でした。
ついに良心の呵責に耐えきれなくなり
テラスに顔を見せた2匹に水とカリカリを与えたのです。
仔猫だからちょっとした飢えも命の問題になると思って。
すると、です。
翌朝、仔猫がもう1匹増えていました!

三毛も来た


新顔は三毛猫でしたが大きさは2匹と変わりないから、
兄妹ってこと?! 
と、びっくりさせられたその日の夕方、
今度は3匹よりもふた回りほど大きい茶色の猫が
庭を悠々と横切っていく。
見るからにノラ猫風情で成猫にしては小柄で痩せていました。
顔もきつい表情で、
びっくりしている私に向かってシャーッシャーッと威嚇して来ます。
いったいここを誰の家と思っているんでしょう!
ポッチリ膨らんだ腹部が見えたのでおそらく仔猫たちの母親です。

おかあさんもきた



ノラには愛想のいい猫もいますが、
この母猫は野性味が強いタイプらしい。
人間を近寄らせません。
そのくせちゃっかりと
仔猫たちに用意したカリカリを横取りしていました。
仔猫たちはまだカリカリよりおっぱいのほうがいいらしく、
母猫にすり寄り甘えています。
満腹になったのか母猫は3匹の仔猫を引き連れて
ローズマリーの木陰にゆったりと横になりました。
仔猫らはおっぱいに吸い付き、
母猫は幸福そうに子どもたちの体を舐める。
まるで自分の家にいるかのように寛いだ様子を遠目に見ながら、
私は家の中に引き上げました。
住み着くつもりなのか・・・。
でも4匹だぞい!
これからどうなるんだろう。
追い出す勇気を持てるだろうか。

翌朝気を取り直し、
テラスに水を入れたボウルとカリカリの皿を4つ並べました。
それを庭の向こうで遠巻きに見ていた一家、
私が部屋に入るのを確認してからそろそろとテラスに来て食べ始めます。
この一家、母さんの教育が行き届いているらしく、
子どもたちも警戒心がめっぽう強い。
私が居たらお皿に近づきもしないのです。
仔猫たちは母さんのおっぱいも吸うがカリカリも小さな頭を振り振り食べて、
その振り振りが可愛いので、
部屋の中からガラス戸越しに眺めていたら、あれ?
数が多いんじゃないかしら。
何と茶白が3匹になっている!!!
つまり仔猫が1匹増えて計4匹。
「どういうこと!?」と叫んでしまいました。

けれど驚き(というか驚愕)はそれでは終わらず、
その日の夕方、庭で仔猫たちが組んずほぐれつしているのを
部屋から眺めていたら再び「あれ!?」となる。
仔猫たちの輪の中に黒い塊が見えたのです。
茶色と白と三毛の輪の中に、
黒い、毛の長い、ふわふわしたものが居るのです。
大きさは毛の長い分他の連中より多少大きく見えますが、
他の連中とも仲が良く、
母さん猫ともベタベタなところを見るとどうやら兄妹の一員らしい。
え〜〜〜っ、と、心底驚きました。
いったい何匹増えればすむの?!
これで終わり? それともまだいる?
もう何か、笑うほかないような気分。

クロも



結局仔猫は5匹止まりで、総勢6匹のノラ一家でした。
庭をみんなで走り回っています。
あっちこっちの庭木に1匹ずつよじ登って行きます。
ここまでになると追い出す気力は失せてしまい、
とりあえず不妊去勢手術だけ全員済ませておけば、
どうにかなるさ、
というザックバランな気持ちに変わって平穏を取り戻しました。
猫たちも
初めのうちは安定せずに居たり居なかったりを繰り返し、
2、3日全員姿を見せないことも何度かありましたが、
いつの間にか一日中を全員で我が庭で過ごすようになったのです。

一家は6名



そりゃそうですよね、
ここに居さえすれば食いっぱぐれることもなく、
雨露しのいで過ごせるのだから。
食う寝る遊ぶの猫的暮らしを毎日バッチリ遂行できるのだから。
他所に移る理由がないですよねえ。

母子仲良く



6匹+1匹(間違ってわなにかかった別口のノラもついでに)の
不妊去勢手術のための捕獲作戦は、
全面的に猫ボランティアさんに依存して、
半年で7匹の手術に成功しました。
ボランティアの方が言うに、
7匹をこれほど短期間に捕獲できるのはめずらしいとのこと。
手術にお金は掛かりましたが、
これ以上増えることはないという安心が得られました。

走り回り


不思議なものですね、
あれほどノラ猫とのつきあいはもうダメだ、と思っていたのに、
いきなり何匹もに押し寄せられると、
不安に思う範疇を超えてしまってどうでもよくなるんだから。
ミケヤマのときは1匹だったから
彼女に対する思いが強すぎて
なんのかんのと苦しかったのでした。
今は5匹で、5匹だといちいち思い込めずに距離が保てて、
それはかなり楽ちんです。
家族でベタベタいちゃついていると、
「いったいいつ自立して出て行くのか?」と思うし、
反対に姿が見えないと「どうしたのだろう」と探しに行く、
ような淡々とした関係性。
最低限の食・住を提供する程度の関係性。
初期高齢者の年金暮らしとしてはこれ以上はできません。
それにしても5匹ともなると
かかる一家の食費はすごい。
安穏とした隠居生活を夢見ていたのに、
まだまだ楽は
させてもらえなさそうな案配になっています。





| 未分類 | 06:31 | comments:2 | trackbacks:1000 | TOP↑

| PAGE-SELECT |